剖検結果の遺族説明にメディカルイラストレーションを使用した経験
以下の内容は、第1回日本メディカルイラストレーション学会にてポスター発表し、学会雑誌第1号に掲載したものです。(日本メディカルイラストレーション学会雑誌 2018, 1: 75-78)
要旨:
【背景】親族を亡くした遺族にとって、剖検結果を正しく理解することは時に困難です。病理医は一般に説明時ショックを与えないため、臓器の写真は使いません。メディカルイラストレーションは臓器写真や難しい医学用語の代わりに理解を促す可能性があります。
【材料と方法】1年間にわたり手製のイラストを使用し説明を行いました。イラストはphotoshopとpowerpointを使用し作成、臓器ごとに強調できるようにレイヤーを分けました。病態を正常と異常の関係に基づいて描き分けました。院内検討会の後、顕微鏡像とイラストを使用したpowerpointで家族に説明しました。
【結果】イラストを使用した場合、使用しない時と比較して家族が患者の状態について質問する頻度が増えました。
【結論】イラストの使用により医学写真や医学用語のみによる説明に比べて、遺族がより正確に詳しく理解することができました。
1 はじめに
どれだけ医学が発達しても、人は必ず死を迎えます。死後に死因を究明し、治療効果を判定するのが病理解剖(剖検)です。剖検結果の遺族説明は心のケアにとって有益であり、近年死因の詳しい説明を求める人が増えていることが報告されています1)。
一方、医療の高度化、高齢化に伴って、多病を患い、複数の医療行為を受けたのちに死亡される方が増加しています。医師にとっては自明なことである解剖学的な理解も、一般の方にとっては不十分な理解に止まることはしばしば経験されます。本来であれば剖検診断結果は遺族のための情報であるともいえますが、肉親の生々しい画像を見せられることは強烈な印象を与え、そのことだけが記憶に残ってしまう危険性を孕んでいます。そのため結果説明の場では、放射線画像と顕微鏡像だけで説明が行われている場合がほとんどです。
私はメディカルイラストレーションが、短時間に遺族に理解してもらう助けになるのではとの仮説を立て、説明に使用しました。
2 イラストレーション制作
解剖学的正確さ(臓器の比率や位置関係を含めて)を維持し、特定の人物像を想起させないデフォルメを加え、ご遺体が丁寧に扱われたことを象徴するために質的な高さを維持することを注意しました。また各臓器ごとに加工したり、説明できるように工夫しました。
- 解剖学教科書をみながら、紙に鉛筆で各臓器を描き、アウトラインを決定。
- scanner でpc に取り込み、photoshop で作業。ペンタブレットを使用。
- 各臓器を選択範囲として指定し、明るいタッチで濃淡を描き立体的に表現。
- 各臓器は別々のレイヤーに分けて作成し、別々に取り出して説明できるようにした。
- 全身・大動脈・肺・心臓・肝臓・脾臓・膵臓・食道・ 胃・大腸・腎臓・子宮・卵巣を作成。
- それぞれの画像をJPEG 形式で保存。

3 剖検説明について
2014 年4 月より病理医による遺族説明を開始。当初3 例は比較のためイラストレーションは使用せず組織像のみを提示しながら説明を行いました。その後 イラストを作成し、組織像と併用した説明を開始。2016 年3月までに合計10 例となりました。場所は外来診察室を使用し、複数名の遺族に対し主治医と病理医が対応しました。初めに主治医より電子カルテを用いながら臨床経過の説明を行い、次に病理医がpowerpoint スライドを使用し説明を行いました。(説明時間は約15~20 分)
4 代表的使用例
70代男性。進行性塊状線維症を伴った圭肺症、アスペルギルス肺炎、全身性アミロイドーシスの 症例のイラストを使った説明例を下記に提示する。イラストでは表現しきれない圭肺結節による気管支閉塞の像はマクロ写真を使用しました(個人が特定されないよう内容を改変しています)。

その他の使用例を2点紹介しました。


5 結果
アンケートを取らなかったため、客観的に効果を評価することはできませんでした。しかしイラストレーションを使用しなかった場合と比べて、使用した場合に遺族の「質問数が増える」傾向が見られました。
理由として、セミオーダーメイドのイラストを見せて説明し、適時全身の像に返りながら理解を確認したことや、親しみやすいイラストによって質問しやすい雰囲気が生まれたことが、積極的な姿勢を引き出したと考えられました。またイラストがCT などの画像情報と顕微鏡像とをつなぐ役割を果たしたと考えられました。説明終了後に涙を流す遺族もいたことから、心のケアにも役立った可能性があります。
注意点としてイラストレーションに変換する際には、描き方によって微妙に異なる情報となってしまう恐れがあり、注意深く描く、あるいは描き方を選択する必要があります。
2016 年9 月、この取り組みがNHK「おはよう日本」で紹介されました。寄せられた感想を紹介します。
感想1:「こうした説明を受けると、体のなかにこういうことが起こって、これが限界だったと納得できる。遺族は秘密にされることや、何も言われないことが一番不安。ここまで説明されると、最後まで大事にされたと思える。」
感想2:「私の家族も簡単な図を使った医師の説明を受けたことがある。しかしとても解りやすいとは言えなかった。イラストレーションを使った患者説明が全国に広がることを期待したい。」
6 考察
普段、医療に接することがない人が重い病気に侵された時、医学用語の分からなさや、期待と現実の違いに直面し、本人及び家族が医療不信に陥る場合がしばしば認められます。また死後に説明を受ける前の遺族には「不安」の感情が強いことが示されていますが2)、イラストの使用は安心感を生み、患者の全体像を把握することを促進する働きがあると考えられました。
人が死別という喪失体験から回復する過程で、理解しやすい絵入りの「物語」として死戦期の病理所見と医学的な出来事を振り返ることによって、グリーフケアに貢献できる可能性が示唆されました。
またこの方法は学童期の子供が参加する病状の説明や、看護師向けのCPC3)、研修医教育、子供のがん教育などにも広く応用することが可能です。
今回は病理医である私自身がイラストレーションを作成しましたが、この試みを広く社会に普及させるためには、基幹的病院にメディカルイラストレーション制作体制が整備されることが必要と考えます。それが実現すれば、必要に応じてセミオーダーメイドのイラストを使用することができ、複雑な病態を分かりやすく、かつ美しく表現することが可能です。
このとき注意すべきは、イラストレーションであれば何でも良いわけではないことです。真摯に遺族のためになる説明をしたいと望む医師が、対象に応じてその品質と内容を適切にコントロールできることが、メディカルイラストレーションを使用した剖検結果説明が上手くいく条件になると考えます。
7 結語
剖検結果の遺族説明にセミオーダーメイドのメディカルイラストレーションを活用することにより、生々しい画像を提示することなく遺族が安心して説明を聞くことができました。また分かりやすいイラストレーションを使用することにより、「大切にされた」という感情を持つことができれば、それは医療に対する信頼感を増し、やがて自身も死ぬ病に罹患することになる遺族にとっての心の支えになることが期待できます。
引用文献
- 谷山清己、斎藤彰久ら:病理解剖診断結果の説明. 病理解剖マニュアル 2012、 30: 340-346
- 倉岡和矢、谷山清己ら:遺族への説明. 病理と臨床 2016、11: 1186-1189
- 田村浩一:看護CPC . 病理と臨床 2016、 11:1190-1195
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