
日本初!佐賀大学美術館でメディカルイラスト展 主催
2015年に、本邦初のメディカルイラストレーションに特化した展示会を主催しました。その時の経験を共有します。なお以下の内容は、第1回日本メディカルイラストレーション学会にてポスター発表し、学会雑誌第1号に掲載したものです。(実践報告「佐賀県内で計4回のメディカルイラストレーション展示会の開催経験」、日本メディカルイラストレーション学会雑誌 2018, 1: 87-92)
1 はじめに
2015 年7 月17 日~ 8 月23 日まで、佐賀大学美術館にてメディカルイラストレーションの紹介展示を行いました。本邦においてメディカルイラストレーションのみに光を当てた初めての大規模展示会となりました。
2 ① 佐賀大学美術館展~計画から協力依頼
2008年に大学院に入学した私は、メディカルイラストレーションの調査・研究を開始しました。驚いたことに日本では正式な教育課程が存在せず、数少ないイラストレーターが独学で出版社の依頼に答えていることを知りました。一方、アメリカでは大学院教育が普及しており、100周年を迎える施設も存在すること、メディカルイラストレーターの団体が存在し、年1回の大会と展示会を開催していることを知りました。
彼我の差に愕然とした私は、日本にメディカルイラストレーションを普及させるために自分ができることは何かを考え、国内で個別に頑張っているイラストレーターの方々の作品を一堂に集め、展示することを計画しました。
佐賀大学美術館は2013年に開館した美術館で、国立大学としては東京藝術大学についで2番目、総合大学としては日本で唯一、大学が保有する美術館です。ここで展示することができれば、学生・教員だけでなく、広く一般の方々に見てもらうことができると考えました。(佐賀大学美術館 ホームページより引用)
しかし不安もありました。自分の周りにメディカルイラストレーションに情熱を持っている人が誰もいない中で準備を進める必要があること、県立病院の部長職の仕事との両立、また、医学的内容を美術作品として展示することに対し、反対意見が出ないか。展示しても気持ち悪がられるのではないか、などです。しかしネットでつながった仲間や家族の励ましもあり、準備を始めました。
2014 年秋より展示会の計画を立てはじめ、美術館学芸員との打ち合わせを定期的に行いました。展示の方向性を話し合い、メディカルイラストレーションの広報・普及というコンセプトを明確にするため、展示会テーマを「知られざるメディカルイラストレーションの世界」としました。
主にインターネットでイラストレーターを探し、展示会の趣旨を説明し、協力をお願いしました。本来ならば展示料をお支払いすべきでしたが、当初、スポンサーの目処が立たなかったため、学会設立に向けた広報活動である点をご理解いただき、全員無償での展示を許可していただきました。最終的には国内のイラストレーター16名、国外2 名、医師2 名、学生2 名、合計22 名の参加を得ることができました。一人当たり3~5点の作品をお借りし、合計102 点の作品を展示することとしました。
3 チラシ・ポスター作成・配布、作品準備
チラシ・ポスターは美術館の学芸員がデザインを行ってくれました。チラシ13,000 枚、ポスター100 枚を印刷し、福岡・佐賀・長崎各県の450 箇所の病院、医療系学校、中 高校、美術館、博物館に配布しました。郵送の準備は家族総出で行いました。
高校の美術部以来、私にとって初めての本格的な作品展です。試行錯誤しながら最適な方法を模索していきました。展示方針として、①美術作品として出来るだけ美しく印刷・額装すること、②内容について一般の方が分かりやすいようにキャプションをつけること、③イラストレーター=作家としての履歴の紹介文を掲載すること、を決めていました。まず作品画像をデジタルデータで送っていただき、「ピクトラン極紙」というA4サイズの高画質用紙に印刷。A3 サイズのパネル(デコパネ®)で額装を行いました。各作品には医学的内容や表現上の工夫について、一般の人にわかりやすい文章で説明文を作成し小パネルに印刷しました。
作品の展示法として、臓器別に展示する案も出ましたが、作品として作家ごとの表現スタイルの違いを感じてもらうことを重視し、作家ごとの展示を行うこととしました。開催前日にはパネルはプロの業者により整然と設置されました。各作家のプロフィールを印刷し作品群とともに掲示しました。イラストレーションが掲載された書籍はガラスケースにて展示しました。
4 展示開催、観覧者の感想
展示会場の入口に掲示した主催者あいさつ文の全文を以下に引用します。
「あいさつ文」(引用始め)
佐賀大学美術館メディカルイラストレーション展示会にお越しいただき、ありがとうございます。医学部と芸術系学部を有する国立総合大学で唯一の美術館である本館で、日本初となる「メディカルイラストレーション展」を開催できることを大変嬉しく思っています。現在活躍中のベテランから若手22名のイラストレーターのご協力を得て、合計102点の作品を展示いたします。どうぞ各作家が捉えた身体観の表現をご覧いただき、未だ認知の遅れている当分野の存在を知って頂くことを通して、ご自身の身体をより大切に感じていただくと同時に、医学を身近に感じてもらいたいと願っています。
また現時点での日本の当分野のあらましを俯瞰する場となることによって、近秋に予定している日本メディカルイラストレーション学会設立の礎となることを期待するものです。
アメリカ・カナダを含む欧米諸国に比べて我が国のメディカルイラストレーション界は十分に発展していません。アメリカでは現在推定2千名のイラストレーターが活動していますが、日本では推定数十人と考えられています。いにしえより表情豊かな自然に恵まれた我々の祖先達は、麗しさや厳しさ、はかなさを感じる心を自然の中で育み、自らの身体をも自然の一部として感じ取る文化を形づくってきたといわれています。現代医学の導入以来、世界のレベルに追い付き追い越せという格闘の中で、医学の図解は後回しにされてきました。近年では画像機器の発達が医療・医学に世紀的なインパクトを与えています。
はたして日本人にとって、メディカルイラストレーションは不要になったのでしょうか。我々はそうは思いません。より詳細で正確な画像が得られるようになったとはいえ、人が人を診るという基本は変わったわけではなく、作品に要求される質が変わったのだと考えています。我々はそれに応えるべく、感性を磨き知力を蓄え、技術力を発揮してまいります。
科学者であり文学者でもあった寺田寅彦の言葉に待つまでもなく、本来、科学と芸術は自然の有り様を深く観察し、創作する行為として共通の起源を有するものです。また、言語より始原的な絵画表現は、見る者の心のより深い部分で共感を生むことが出来るツールとなりえます。これからのイラスト作品は、医療職者や医療を受ける人々の心を揺り動かし、深く納得させるものを目指さねばならず、その可能性を持っていると考えます。
iPS細胞や遺伝子治療に代表されるように、今後世紀的レベルで医学が発達していく中で、私達が自らの限りある身体をどのように理解し把握するのか。我々はメディカルイラストレーションに、本来私たちがもっている自然とともに歩む心を実感できるように手助けする力を求めたいと考えています。また私達は次世代の子供たちにどのような身体観を伝えるべきか考えなければなりません。その時、身体に科学的な愛のまなざしを注ぐ人の手で描かれたイラスト作品は力を発揮すると信じています。
どうぞ本展示会及び学会設立へのご理解を賜り、ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。(引用終わり)
開館後、一日平均146 名の観覧者が訪れました。他の展覧会に比べた特徴として、説明文を含め1 点1 点の作品をじっくりと見る人が多く、在館時間が長くなる傾向がみられました。
観覧者にアンケートを実施しました。以下に感想の中から抜粋して紹介します。
「アンケートより」
- 子供にわかりやすい絵があったので楽しく見られました。大人から子供まで楽しく見られる、体の不思議がよく分かる展覧会でした。(10代)
- 私は医師ですが、メディカルイラストレーションの重要性をよく知っており、学会として発展されることを願っています。これから若いイラストレーターが出てきて活躍するのを見るのが楽しみです。(50 代)
- 全て印象的でした。暖かい感じで身体の臓器のことが分かりやすかったです。(70代)
- メディカルイラストレーションを始めて知り、始めは戸惑いましたが、徐々にその意義に気づかされました。ありがとうございました。(40代)
- カラダの中をきれいに見ることができました。(60代)
- 普段全く関わることのない医療のイラストを初めて見て、大変衝撃を受けました。身近な美術館で開催していただくことで一般の方ももっと身近に感じられると思います。(30代)
- 今までこの美術館で見たものでは最も時間をかけて見た作品展でした。(60代)
- 心臓のイラストは仕事柄一番目にする機会が多いのですが、美術として見るのは考えたことがなかったので新しい発見でした。(50代)
- 写真よりもイラストの方が細かくてわかりやすい。(40代)
- 臓器をリアルに表現しつつグロテスクでなく描かれている。(50代)
- 医学の継承に大切なことに気づきました。(40代)
- 勉強になりました。医療分野でのセミナーなどを開いて欲しいと思っています。(40代)
- 肉筆画はCG よりも親近感があり現実味を帯びていて、そちらの方がリアルに思えました。心臓の筋肉の一本一本を丁寧に心を込めて描かれていると伝わりました。子供にも見せてあげたいなと思いました。(30代)
- 写真だとじーっと見る気にならないが、イラストだと1枚を見ている時間も長いように思います。(40代)
- それぞれの製作者の個性が感じられて非常に興味深かったです。(40代)
- 腎臓の病気の私です。絵と言葉、メッセージを受け取りました。水の中の腎臓と心臓の絵が新鮮で生きている喜びを感じました。(50代)
- 人体内部は見るのが苦手でしたが、ゆっくりじっくりイラストを見てみると、愛しい我が身と思う気持ちが出てきて健康な体に感謝の思いです。(50代)
- 正確な解剖学的表現のものや、焦点を絞るためのデフォルメ、親しみやすさを与える簡略化されたタッチなど、それぞれの必要性の中で異なる表現が生まれてくるのだなと興味深かった。これからも医学と美術を結ぶ活動に期待します。(30代)
- 私は前立腺がんの重粒子線治療をうけました。こんなイラストで正常な状態、今の状態、治療後の状態、今後起きることなどを説明してもらったらありがたいです。(60代)
5 講演会・ワークショップ
会期中、学会準備委員の先生方にご協力を得て、2 回の講演会と2 回のワークショップを行いました。神戸大学の杉本真樹先生より3D プリンター臓器を提供して頂き、実際に触れて観察しながらイラストを描く体験ができました。
6 メディアによる取材・ネットによる告知
佐賀新聞、佐賀テレビによる取材を受け、宣伝・告知になりました。その他、医事新報社の取材も受け記事になりました。ネットでの告知は美術館のHP と、独自に作成したfacebook ページで行いました。作家の代表作を掲載した図録を作成し無料配布しましたが、大変好評でした。
7 観覧者人数、運営資金
一ヶ月の期間中、最終的な来館者数は4,390 人となりました。九州の一地方都市でこの人数であり、大都市部で開催すればさらに多くの動員が期待できると考えます。
運営資金については、医師の諸先輩方にご協力いただき、最終的には県内医療機関25 施設より寄付を頂きました。また個人寄付も7 名より頂き、医療系出版社7 社からも寄付を頂きました。残金は学会設立のための運営資金としました。
8 展示活動を終えて
本展示活動は、メディカルイラストレーション単独での美術展としては本邦初となります。開催前は一般の方に受け入れられるかどうか不安でしたが、世代を問わず、多くの方に観覧に訪れていただくことができました。身体や医学についての関心は普遍的なものであることを再認識させられました。イラストレーションであれば、より受け入れられやすいこともわかりました。
インターネット上ではメディカルイラストレーションに関する画像情報が簡単にヒットする時代ですが、美術館で作家別に、実物の作品を説明文つきで展示したことで、実際にイラストレーターが描いていることが伝わり、観覧者には「何を描いているのか知りたい」という気持ちが芽生えたように思います。
また多数の作家の作品を一度に見ることができたため、作家ごとの感性の違いを味わう機会にもなりました。このように美術館や博物館での展示は、メディカルイラストレーションの価値をダイレクトに伝えるのに適していることがわかりました。
医療や医学、健康や病の情報は誰もが関心を持っていることですが、個人情報や切実な感情に関わるため、公の場でフラットに見つめる機会に乏しいと言えます。一般の社会人にとって「医学の講演を聞く」機会は多くありますが、どうしても言葉による勉強という面が強くなります。それに対し、今回の美術館でのメディカルイラストレーション展示は、心の垣根を下げ、作家が見てもらうために心と技を尽くして描いた作品を自由に鑑賞することを通して、自然な形で関心に応えることができたのではないかと考えています。
初めて展示を主催してみて、予想以上に大変でしたが、多くを学ぶことができました。情熱を持って取り組めば、応援してくださる人が現れることも身を持って体験することができました。準備委員の先生方、医師の先輩方、美術館学芸員の方々など多くの方々にご助力を頂きました。心から感謝申し上げます。
佐賀での展示は同年11月の東京芸大美術解剖学教室との共催展示に繋がりました。今後、全国各地で同様の展示会を企画してくれる人が現れるのを心から期待しています。美術館・博物館でのメディカルイラストレーション展示は決して拒否されるものではなく、人々の関心に応え、メディカルイラストレーションの広報活動としても最適であることを知っていただきたいと考えています。展示したい方には、私が学んだノウハウを全てお伝えしますのでご連絡ください。今後は九州各地の大病院での展示を企画したいと考えています。
最後に準備期間中、何度も心が折れそうになったとき、いつも支えてくれた娘たちと妻・朱美に心から感謝します。
佐賀大学美術館メディカルイラスト展facebook